【ロックの歴史】ロックンロールの終わりとイギリスで芽吹く音楽

※この記事は個人的な解釈も含みつつ書かれています。

1950年代に登場し、とんでもない勢いで人気を得たロックンロールは、様々な出来事をきっかけとして僅か10年ほどで衰退してしまう。

そして今度はイギリスへと目を写し、次のスター達を産む事になった環境や音楽をみていきたいと思う。

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終わりへ向かうロックンロール

ロックンロール初期の時代を色取ったたくさんのスター達が、度重なる事件や事故をきっかけにロックンロールから遠ざかってしまい、スターを失ったロックンロールは全盛期ほどの人気を保てなくなる。

数々の出来事をババっと紹介していこうと思う。

1958年 エルヴィス・プレスリーが徴兵される
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1958年 ジェリー・リー・ルイスが13歳の従妹と結婚していた事がスキャンダルになり、イギリス公演が中止となる
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1958年 レコード会社に不信感を覚えたリトル・リチャードはロックンロールをやめ信仰の道に生きる事にする。
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1959年 バディ・ホリーが飛行機事故で死去。
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1959年 チャックベリーが逮捕され投獄。
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1960年 エディー・コクランが交通事故で死去。

この様に様々な不幸が重なりに重なった結果、ロックンロールは衰退を迎える。

もちろんみんながみんな音楽をやめたわけではないし、プレスリーの人気もまだすごかったが、やはりかつてほどの熱気を取り戻すことはなかった。

ちなみにこの後アメリカでは、「ギターインストゥルメンタル」や「サーフロック」といった音楽が流行る。基本的にギターサウンドを全面に押し出した音楽で、サーフロックの代表的なアーティストとして、「ザ・ベンチャーズ」「ザ・ビーチボーイズ」があげられる。

一方その頃イギリスでは

さて、舞台をイギリスに写しつつ、少し遡ったところからみていきたいと思う。

1915年から1920年ごろ、アメリカとほとんど時差がない形で「ジャズ」がイギリスへと進出してくる。また、40年代にもジャズ流行のリバイバルが起きており、この流れのなかで「スキッフル」という音楽が生まれてくる。

もちろんエルヴィスプレスリーをはじめとするロックンロールもイギリスで人気があり、特にプレスリーの登場はイギリスで(だけでなく世界中で)「第2のエルヴィス」を生み出す事につながった。

アメリカではエルヴィスから毒気を抜きマイルドに仕上げた様なアイドル歌手が生み出され、イギリスでは「クリフ・リチャード」なんかがイギリスのエルヴィスと言われていた。

徴兵を免れた世代

イギリスの徴兵制度は1916年に始まり、1960年に廃止される。

ミック・ジャガー(ローリングストーンズ)は1943年に生まれている。ジョン・レノン(ビートルズ)やポール・マッカートニー(ビートルズ)など未来の音楽の担い手が同じ様な頃に生まれてきている。

つまり彼らは「徴兵を免れた世代」であり、本来失うはずであった2年間を持て余した世代という事になる。

これがイギリスの音楽を生み出すのに非常に重要な要素だった。

こう考えると、本当にいろんな奇跡が重なっているんだなと思う。

スキッフルブーム

スキッフルは50年代頃にジャズから派生して生まれた音楽で、当時のイギリスで多くの人が親しんだ音楽だった。

スキッフルという音楽は、安価なギターに加えて洗濯板などを使って演奏される音楽で、「誰でも参加できる」という親近感を抱かせる音楽だった。

たくさんの若者達がこの「スキッフル」を楽しんでいた。

有名な曲としてロニー・ドネガンの「ロック・アイランド・ライン」が挙げられる。

当時16歳だったジョン・レノンは1957年にスキッフルグループ「クウォリーメン」を結成し、このバンドでポール・マッカートニーと出会う事になる。

クリフ・リチャード&シャドウズ

クリフリ・チャードはジョン・レノン達と同世代にあたる歌手であり、個人としてみたときには「イギリスのエルヴィスプレスリー」という評価にとどまるが、これを「クリフ・リチャード&シャドウズ」というバンドとしてみたとき、それはエルヴィスとはまた別次元のオリジナルなものとして評価されることになる。

Cliff Richard & The Shadows – Move It (The Cliff Richard Show, 19.03.1960)

「グループ単位」という意識付け的な役割をしたのがこのバンドなのではないかと個人的に解釈している。

シャドウズのギターを務める「ハンク・マーヴィン」は、当時のギターヒーロ的存在であり、後のギターヒーロ達「クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ」などにも大きな影響を与えている。

ブルースの輸入

イギリスのロックのルーツとして重要な音楽が「ブルース」である。

スキッフル・ブームでも重要な役割を果たした「クリフ・バーバー」は、自ら様々なミュージシャンと交流を持つ。そして、1950年代には彼が中心となって本場アメリカのブルース・ミュージシャン達をイギリスに招いた。

1958年には、クリス・ハーバーがプロモーターとなって、本場のブルースミュージシャン「オーティス・スパンとマディ・ウォーターズ」の渡英が実現する。

ブルースは、当時音楽に没頭していた若者たちを惹きつけた。

後にブレイクするローリングストーンズもブルースやR&Bを愛したバンドである。

まとめ

アメリカでのロックンロール全盛期は終わりを迎え、イギリスでは新たなスターとなる人物達が着々と芽を出し始めていた。

ここからは、大スター「ビートルズ」の活躍などを中心にイギリスの音楽がアメリカでブレイクする様子を紹介したいと思う。

参考図書

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