【感想】はたから見たらただのレモン/『檸檬』梶井基次郎

高校の現代文で習った「檸檬」。

自分は中学の時から好きな作品だったので、今回改めてどんなところが好きかまとめてみようと思う。

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えたいの知れない不吉な塊

この話を読み返すたびに、主人公が可愛らしく見えてきてしょうがない

授業でこの題材をやったときに、友達とかクラスメイトが「怖い」とか「頭がおかしい」とか言っていた気がするけれど、読み返していくたびに絶対かわいく見えてくるので読んでみてほしい。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を終始おさえつけていた。

物語が始まって早々主人公が何かに悩まされている。

「えたいの知れない不吉な塊」というのは、個人的にしっくりくる表現というか、よくわかる部分がある。

もちろん終始おさえつけられるようなひどい状況になったことはないにしても、なんか負のスパイラルに陥ってしまう事があったり、気持ちがなかなか上がらなかったり。そのくらいのことは誰にでもあるのではないだろうか。

でもそんなときは決まって何が原因なのかよくわからなかったりする。まさに、えたいの知れないものだ。

見すぼらしくて美しいもの

風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗のぞいていたりする裏通りが好きであった。

美しいかはそれぞれの主観があるとしても、見すぼらしいかと聞かれれば、見すぼらしいです!という感じのものを主人公は好んでいたようだ。

自分は逆に沈んだ時に美しくて華やかなものを求めたり、興奮しすぎたときに見すぼらしいもので落ち着きたいタイプなのかなとも思う。

つまりはこの重さ

主人公にはオキニの果物屋があって、好きな理由が「夜になるとその周辺だけが暗くなるから」というブレなさもまたいいところ。

その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。

主人公は檸檬が好きで、この檸檬が「不吉な塊を」和らげることになるんだけど、主人公が檸檬を気に入ってる理由は大きく言えば「形・色・温度・匂い」。

え?味は!??

つまりはこの重さなんだな

この表現がこの作品で一番難しいところのように感じる。

でも個人的にこれはそんな大した思いがあったわけじゃないのではと思う。

前後の文章を見てみると、「こんなことを思ったり」とか「そんな馬鹿げたことを考えてみたり」みたいなところから、主人公が檸檬を手にとってうれしくて、ちょっとそれっぽいことを言ってみましたみたいな・・

そう考えると主人公が可愛らしく見えてくるわけです。

ストレス発散「爆弾魔になろう!」

主人公には宿敵みたいな相手がいて、それが「丸善」というデパート。

「檸檬も持ってるしいけるべ」と思って主人公は丸善に入っていくわけですが、昔好きだった本を見ているうちにだんだん幸福な感情はなくなってしまって、ついには憂鬱になってしまう。

そこでの行動が・・

私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。

本屋で本を爆買いして、縦に積んで持ち歩いている人は見たことあるけど、本屋で本を積んだり崩したりしている人は見たことがない。

でも主人公にとっては面白いことだったんだと思う。

この作品のひとつキーとなっているのが「色彩」だとこのシーンからも読み取れる。

そしてついにクライマックス。

その積み上げた本の城の一番上に、「檸檬」という爆弾を置いて店を出てやろうという何とも可愛らしい案を思いつくわけです。

自分ではぎょっとするほど恐ろしいらしい。

 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。――

こんな風にして主人公は「不吉な塊」を一時的ではあるだろうが取り払うことに成功した。

常人では考えられない想像力だとか思ったけど自分もたまに、でっかいライブハウスと満員の観客を想像しながら外でエアギターやったりしてるから人のこと言えないと思った。

著者 梶井基次郎

明治34年、大阪に生まれる。
東京帝国大学文学部中退。東大在学中の大正14年に同人誌『青空』を創刊、「檸檬」を発表。

昭和7年、肺結核のため、31歳の若さで逝去。

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