
1900年代前半、黒人霊歌や労働歌から発展して生まれたブルース。
そのブルースは1920年頃から1950年あたりにかけてさらに勢いを増していき、だんだんと人種の壁を超えるような音楽に近づいていく事になる。
(個人的に調べたことを書いている記事なので、間違いがあったり諸説あったりするかもしれません)
南部から北部へ移動する人と音
初期のブルースミュージックとされているのが、アメリカ合衆国南部のミシシッピ川流域(ミシシッピデルタ)周辺で生まれたデルタブルースという種類のブルース。
このデルタブルースで有名だったのが、ロバート・ジョンソンという人やマディ・ウォーターズという人たち。
このリーゼントおじさんがマディ・ウォーターズ。

黒人の大移動
そして同じ頃、南部の黒人たちはより良い環境を求めて北部に大移動を始める。(アフリカ系アメリカ人の大移動)
移動の要因として、働くところが南部よりも豊富だったり、北部の方が南部よりも差別が少ないところにある。
もちろん南部でデルタブルースを作り上げたマディ・ウォーターズ含むブルースマンたちも北部へ移動していく。
デルタブルースからシカゴブルースへ
南部にいたブルースマンたちが、イリノイ州のシカゴなどに移り、その後発展していったブルースが「シカゴブルース」になる。
アメリカ南部のデルタブルースは主にアコースティックギターを用いて演奏されるものだったが、シカゴブルースはそこにエレキギターが持ち込まれ、現代にまで続くようなバンドスタイルを発展させていく。
ここで登場するのもマディ・ウォーターズという男である。彼がシカゴブルースの第一人者だった。
また、シカゴブルースの発展にはエレキギターの登場も大きいものだったと言える。
R&Bの誕生
1940年台後半あたりに、ブルース・ゴスペル・ジャズなどのブラックミュージックから発展して生まれたR&B(リズムアンドブルース)は、のちのロックンロールやソウルに影響をもたらす音楽ジャンルになる。
1947年までアメリカのビルボード紙ではR&Bの事を「レイスミュージック(人種音楽)」と呼んでおり、黒人の音楽としてチャート自体も分けられていた。
しかし、1947年にビルボード紙は「レイスミュージック」という呼び名は時代にあっていないのでは?という意見が生まれ、名前が「R&B(リズムアンドブルース)」となった。(買い手に差別的なイメージを抱かせない様にという、マーケティング的な狙いもあったみたい)
歌詞は単純な恋愛物がほとんどという感じ。
ブルースの形はしっかりと残りつつ、豪華になった様なイメージ。
まとめ
- アメリカ南部でうまれたデルタブルースは黒人の大移動に伴って北部に移り、エレキギターなどが使われたシカゴブルース へと発展していった。
- 1947年、ブルース・ゴスペル・ジャズなどが合わさってR&Bというジャンルが生まれ、だんだんと黒人の音楽が白人の耳にも届くようになってきた。
黒人の移動とともに、音楽もまた移動し形を変えて発展していった。
そしてこのあと1950年代に入ってくるといよいよロックンロールが登場する。