楽曲レビュー 音楽

ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』〜文学的な大名盤〜

ポイント
  • 音で楽しめる
  • 文学的な要素が感じられる
  • Hip-Hopの入りにおすすめ

Hip-Hopに興味がなくても聴くべき!

正直自分は最近までHip-Hopを敬遠している節があった。

高校生の時といっても最近の話だけれど、周りではフリースタイルダンジョン、いわゆるラップバトルがとにかく人気。

たまに動画を見せてもらって、面白いな、シンプルに韻が気持ちいいなと思うことはあったけれど、周りほどのめり込むということは出来なかったし、自分の中でのHip-Hopのイメージが「フリースタイルでdisりあうもの」というものになってしまっていた。

今思えば視野が狭かったけれど、実際Hip-Hopに対して同じような印象を持っている人も多いのではないだろうか。

そんなHip-Hopに対してのイメージがこの「To Pimp A Butterfly」を聴いてガラッと変わることになる。

音で楽しめる作品

このアルバム一番の魅力は後述する歌詞にあると個人的に思うけれど、音楽がないがしろにされているわけではない。

むしろ、物凄いクオリティとアイディアで制作されている曲ばかりだ。

このアルバムには、ファンクのレジェンドであるジョージクリントンや個人のキャリアも素晴らしいベーシストのサンダー・キャット、ギャングスタラップを広めた存在でありエミネムなどのプロデュースもしたドクター・ドレー、他にも著名なミュージシャン・プロデューサーが携わっている。

演奏はもちろんのこと、曲の展開やアレンジが面白い。

曲調はJazzを中心に、R&B・ファンク・ソウルなど様々で、アルバムを通してブラックミュージックのルーツを辿るような構成になっている。

ヒップホップなのにジャズ!?

どちらのジャンルにも全く興味がないという人もいるかもしれないけれど、ぜひ聴いてみて欲しい。

ヒップホップの知識は全くなく、ジャズについては少しだけ知っていた自分は相当びっくりしたけれど、聴いているうちにこの音楽の上でこそ輝くラップだということがわかる。

ケンドリックの言葉も一つの楽器となって新たなリズムを生み出す。

特に自分が好きなのは15曲目の「i」

この曲はアイズレーブラザーズの「That Lady」という曲をサンプリングしていて、ファンキーな曲調にケンドリックのラップが更なるリズムを生み出していて最高だ。

シングルバージョンとアルバムバージョンあるけれど、自分はアルバムバージョンを推したい!

アルバムの構成美

サブスクが主流の現代ではアルバムで音楽を聴くという事の意義が薄れて来ているとは思うし、これからアルバム単位での作品が減っていってしまうのもしょうがない事なのかなと思う。

けれどもこのアルバムに関しては絶対にアルバムを通して、ノンストップで聴いて欲しい!

歌詞カードを見ながら!

アルバムを通して、1編の詩が綴られていく構成になっている。

詞は3曲目「King Kunta」の最後、『I remember you was conflicted, misusing your influence(お前は心に葛藤を抱え、自分の影響力の使い方を間違えていた)』から始まる。

そして最後の曲「Mortal Man」で完成した詩を、すでに亡くなっているケンドリックが敬愛するラッパー「2パック」の前で読という流れなのだが、ここにも面白いアイディアが使われている。

生前の2パックのインタビュー音声を切り取って、現代でケンドリックと2パックが対談をしているような構成にしたのだ。

2パックはすでに亡くなっているという知識しか持っていなかった自分は、このアルバムがリリースされた後に亡くなった人なんだと思ってしまうくらいには違和感がなかった。

1編の詩を綴っていくという構成、そして出来上がった詩も素晴らしい。

非常に文学的な作品だと思う。

入り混じる主張と葛藤

自己否定、仲間への想い、差別される現状、黒人アーティストとしての葛藤、自己肯定、他にも様々なメッセージ性を含んだ作品で、世界中の誰もが何かを考え共感することができる作品だろう。

1曲目「Weseley's Theory」では、成功を果たし大金を手に入れた黒人アーティストと、そこに擦り寄る政府との関係を描いている。ドクタードレーの「手に入れることは誰だってできるんだ 難しいのはそれをキープすることなのさ」やジョージ・クリントンの「成功にはよく気をつけるんだな」というフレーズが印象的だ。

3曲目「King Kunta」。この「Kunta(クンタ)」は18世紀を舞台に黒人奴隷問題を掘り下げた著書「The Roots」の主人公『クンタ・キンテ』から来ており、奴隷であったクンタ・キンテは逃亡できないように足を切られている。

そんなクンタに「キング」をつけることで、ヒップホップ界のングであると同時に、アメリカ社会では未だ奴隷のように抑圧されているというケンドリックの立ち位置を示しているのだと思う。

パーソナルな部分へ

6曲目「u」は彼のよりパーソナルな部分を写しだす内容になっている。

注目したいのは「Loving you is complicated(お前を愛するのは複雑なこと)」という一説。

この曲で何度も語りかける「お前」は「自分」のことであり、自分の嫌いなところや今までの後悔をぶつけている。

泣きながら語りかけるようなケンドリックの声色にも心を動かされる。

続く「Alright」は仲間達へ「俺たちは大丈夫だ」と言い聞かせる曲だ。

この曲から詞に登場する「ルーシー」という存在の解釈がとても難しい。

ルーシーはルシファーのことで、すなわち悪魔のような存在というのはなんとなくわかったけれど、それがケンドリックにとってどういった存在になっているのか・・・

個人的には、彼の中にある負の一面なんじゃないかと解釈した。

私の名前はルーシーだよ、ケンドリック

私を紹介してくれたんだね、ケンドリック

普段は自分からは会いに行かないんだけど

私と君を見たんだ、ケンドリック

ルーシーのことは心配しないで

ルーシーはいろんなストーリーを知ってる

退屈しているラッパーの後を追って来たんだ

ルーシーは君を金持ちにしてくれるよ

ルーシーはママをコンプトンから引っ越させてあげる

約束通り巨大な大豪邸にね

ルーシーは君の信頼と忠誠が欲しいんだ

私のこと避けてるの?

For Sale?-ケンドリック・ラマー 対訳:塚田桂子

ここまで来ると難しすぎて純文学みたいだ。

いろんな角度・視点で綴られて来たアルバムは「自己肯定」へと昇華する。

そして自己肯定へ

6曲目「u」の対となっているのが、15曲目の「i」だ。

「Loving you is complicated(お前を愛するのは複雑なこと)」のフレーズとまさに対になる「I love myself(俺は自分をあいしている)」がこの曲では高らかに歌われる。

辛い経験、高みへと登った経験の中、改めて自分の気持ちと社会における環境を見つめ直し、『何かを変えるにはまずは自分を愛するところから始めよう』というメッセージをこの曲で示してくれた。

シンプルだけど最も力強いメッセージに感じる。

16曲目「モータル・マン」は、ファンの気持ちを確かめ、「共に進んでくれるか?」と問いかけるような曲になっている。

曲の最後にはこんな詞がでてくる。

青虫はストリートを心に描くストリートの囚人だ

この狂った街から自分を守るために

周りにあるもの全てを食べたり消費することだけが仕事だ

その環境を消費する間に、青虫は生き残る手段に気付き始める

気づいたことのひとつが、いかに世界は彼を避けているのに

蝶は賞賛するか、ということだ

蝶は、青虫の中にある才能、思慮深さ、美しさを象徴する

でも人生の厳しい展望から、青虫にとって蝶は弱く見えてしまい

自分の利益を得るために蝶から摂取する方法を見つけ出す

すでにこの狂った街に囲まれていた青虫は

自分を制度化する

コクーンへ仕事に出かける

彼にはもう過去も自分の考えも見えなくなった

閉じ込められてしまったのだ

この壁の中に閉じ込められてしまうと、いくつかの考えが根付き始める

家に帰って、この狂った街に新しいコンセプトを持ち帰ろうと

その結果は?

羽が生え始めよどんだ感情のサイクルが壊れていった

ついに自由となった蝶は

青虫が今まで考えたこともなかった状況を浮き彫りにし

心の葛藤に終わりを遂げた

蝶と青虫は全く違うものだけれども、ふたりはひとつであり全く同じなのだ

Mortal Man-ケンドリック・ラマー 対訳:塚田桂子

青虫と蝶が同じように、ケンドリックと黒人コミュニティも全く同じものであり、全員が蝶になることが出来るという想いが込められているのだと思う。

それがアルバム「To Pimp A Butterfly」最大のテーマだろう。

作品紹介

作品名To Pimp A Butterfly
作者ケンドリック・ラマー
レーベルTop Dawg, Aftermath, Interscope
発売年2015年3月16日
収録01.Wesley's Theory [feat. George Clinton]
02.For Free? (Interlude)
03.King Kunta
04.Institutionalized [feat. Snoop Dogg]
05.These Walls [feat. Anna Wise]
06.u
07.Alright
08.For Sale? (Interlude)
09.Momma
10.Hood Politics
11.How Much A Dollar Cost [feat. Ronald Isley]
12.Complexion (A Zulu Love) [feat. Rapsody]
13.The Blacker The Berry
14.You Ain't Gotta Lie (Momma Said)
15.i
16.Mortal Man

2015年3月15日にTop Dawg Entertainment、Aftermath Entertainment(Interscope Records)より発売されたケンドリック・ラマーの3作目。

『ローリング・ストーン』誌が選んだ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(2020年版)において19位にランクインしている。

第58回グラミー賞で、最優秀ラップアルバム賞を受賞している。

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